あたいが今までもらって至高嬉しかったお手伝いは、書状だ。

送り主は、今は亡き祖先でした。ハイスクールのうち、年令に祖父母の家に遊びに行った事例、絶えず祖先がお茶を飲んでいる卓袱台の上に、常にチラシが沢山置いてありました。遊びに行くと必ずと言って好ましいほどそれらのチラシを見る慣行があったあたい。その日も、何気なしに卓袱台の上のチラシに目をやると、チラシの裏に祖先のとても丁寧な文字で「〇〇君、年令おめでとう」の報告が。昔から口数が極端に低くおとなしい祖先でしたが、目に入れても正に痛くないほどにあたいを可愛がってくれていました。その日祖先のスタイルはなく、ただ私の年令を祝う言明が書かれたチラシが無造作にあるだけ。何のデコも乏しい、色気のカケラも弱いそのチラシ。その時は、初めての祖先からの年令祝いの言明にただ面食らって、そわそわしながら、「ひょっとしたら何かの過ちかも…」とすら願い、その祖先からの書状を持ち帰る事すらしなかったけれど、最近思い返せばちゃんと受け取って、祖先にありがとうと伝えればよかった。相変わらずそのことが悔やまれます。それから数年下、祖先は癌に侵され、入院を拒んです結果お家にてしめを迎えました。ファミリーが入院を勧めても頑なに拒み積み重ねるほど頑固な祖先、私の女房や叔父らにとっては昔から困った男子だった様ですが、あたいにとってはただ暖かい大好きな祖先でした。如何なる高めタイプよりも、華やかなタイプよりも、大切な人からの暖かい言明が、あたいにとっては生涯忘れられない至高もらって嬉しかったお手伝いだ。

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